トップ棋士が使うと言われる将棋AIを、
自分のPCで動かす

最強クラスの将棋AI「水匠11」を Mac(Apple Silicon)で自前ビルドし、外出先のスマホからも検討できるようにするまでの、実際にやった手順の記録。生成AI(Claude Code)に手順を聞きながら、専門知識ゼロから構築しました。/2026年8月版

「藤井聡太が使っている」の真偽について(先に正直に)
この構成を「藤井聡太が使っている環境」と紹介されることがありますが、本人が特定のソフト名を公言した一次情報は確認できていません。根拠は (1) 対談相手が水匠の開発者だった (2) 藤井が「ShogiHome を自分で改造している」と語った (3) 開発者本人が「正確には分からない」と述べた——という状況証拠の積み重ねです。確実なのは「これが現在最強クラスの将棋AIの一つである」ことだけで、それだけで自分のPCで動かす価値は十分あります。本稿はそこに絞ります。

これで何ができるか

用意するもの

内容費用
Apple Silicon MacM1以降。RAM 8GBでも動く(設定に注意)
Xcode Command Line Toolsxcode-select --install で入る。Xcode本体は不要無料
やねうら王 FANBOX 支援水匠11の評価関数の入手に必要(月3,500円プラン)有料
Tailscale外出先アクセス用の無料VPN無料
お金がかかるのは評価関数だけです。無料で試すなら、水匠11の代わりに最後の無料版「水匠5」(nn.bin 64MB・公式GitHub)を使えば、ビルド手順とスマホ環境はそのまま体験できます。まず水匠5で通し、後から水匠11に差し替えるのが安全です。

Part 1. 評価関数を手に入れる

  1. やねうらお氏の pixiv FANBOX の月額3,500円プランに加入する
  2. News Letter「2026/5/31号(水匠11頒布回)」の本文から、以下2点をダウンロード
  3. nn.bin を置くフォルダを決める。本稿では ~/Desktop/ShogiEngines/Suisho11/ に置いた
水匠は6以降、無料公開されていません。水匠10・11は「FANBOX月3,500円以上」または「GitHub Sponsors 月$25以上」の支援者限定配布です(水匠10の頒布について・公式)。再配布は不可。評価関数ファイル自体はこのマニュアルには含まれません。各自で正規に入手してください。

Part 2. Mac(M1)でエンジンをビルドする

水匠11は「特殊アーキテクチャの評価関数」なので、配布バイナリでは読み込めません(FileMissMatch エラーになる)。やねうら王の最新ソースから、水匠11専用の型を指定して自分でビルドします。

アーキテクチャ名の見つけ方(ここがコツ)

評価関数のファイル名に、指定すべきアーキテクチャ型がそのまま書いてあります。水匠11なら SFNN_halfka2_1024_7_64_k3k3。これを YANEURAOU_ENGINE_ の後ろに付けます。

手順

# 1. やねうら王の公式ソースを取得(既にあれば git pull)
git clone https://github.com/yaneurao/YaneuraOu.git ~/shogi/YaneuraOu-build

# 2. ビルド(PYTHON=python3 が必須。ここでハマる)
cd ~/shogi/YaneuraOu-build/source
make -j4 tournament \
  YANEURAOU_EDITION=YANEURAOU_ENGINE_SFNN_halfka2_1024_7_64_k3k3 \
  TARGET_CPU=APPLEM1 \
  COMPILER=clang++ \
  PYTHON=python3

# 3. できたバイナリを配置(分かりやすい名前に)
mv YaneuraOu-by-gcc ~/Desktop/ShogiEngines/Suisho11/Suisho11_YaneuraOu-tournament-applem1
最大のハマりどころ: PYTHON=python3 を付けないとビルドが失敗します。Makefileが python を呼ぶのに、macOSには python3 しか無いためです。エラーが出たら真っ先にここを疑ってください。
コンパイラは Xcode本体ではなく Command Line Tools の clang++ で足ります(xcode-select -p/Library/Developer/CommandLineTools を返せばOK)。

評価関数の設定ファイル

nn.bin と同じフォルダに eval_options.txt を作り、1行だけ書きます。水匠は FV_SCALE=40 が必須です。

FV_SCALE 40

動作確認

cd ~/Desktop/ShogiEngines/Suisho11
{ printf 'usi\nsetoption name EvalDir value %s\nsetoption name FV_SCALE value 40\nsetoption name Threads value 4\nsetoption name USI_Hash value 1024\nsetoption name USI_OwnBook value false\nisready\n' "$PWD"
  sleep 2
  printf 'position startpos moves 7g7f 3c3d 2g2f\ngo movetime 6000\n'
  sleep 8
  printf 'quit\n'
} | ./Suisho11_YaneuraOu-tournament-applem1
RAM 8GB の人へ: USI_Hash は 1024(MB)までが安全圏。水匠5と水匠11を同時起動するとハッシュが2GB超になり重くなります。

Part 3. 定跡をつなぐ

ペタショック定跡(Part 1でDLした user_book1.ybb)を ~/shogi/book/ に置き、エンジンに以下を設定します。

オプション意味
BookDir~/shogi/book定跡フォルダ
BookFileuser_book1.db.db 指定で同名 .ybb に自動フォールバック
BookOnTheFlytrue8GB機は必須。1GBの定跡を丸読みしない
USI_OwnBooktrue定跡を使う
.db と書くのに実体は .ybb、というのがコツ。.ybb は従来の .db の1/3サイズで、丸読みせず高速に引けます。

Part 4. 外出先のスマホから検討する(本命)

家のMacをエンジンサーバにして、Tailscale(無料VPN)で外から繋ぎます。UIは本家 ShogiHome そのまま——評価値も読み筋も、盤面の矢印も、手のひらに乗ります。

使ったもの: ShogiHome Lab

yoset77/shogihome-lab(本家 sunfish-shogi/shogihome のセルフホスト版フォーク・MIT)を導入します。構成はこうです。

[スマホのブラウザ] ↓ WebSocket [Node.jsサーバー :8140] ↓ TCP [エンジンラッパー :4082] ↓ USI (stdin/stdout) [水匠11 などのエンジン]
  1. リポジトリを clone して、README どおりに起動(Node.js が必要)
  2. エンジン登録ファイル engine-wrapper/engines.json に水匠11を登録(EvalDir・FV_SCALE=40・USI_Hash=1024・Threads=4 と、Part 3 の定跡オプション)
  3. Mac と スマホの両方に Tailscale を入れて同じアカウントでログイン
  4. スマホのブラウザで http://<MacのTailscale IP>:8140 を開く

これで外出先から、家の水匠11がフルパワーで検討してくれます。

より軽い自作版もあります(mobile_ai・Flask・ポート8766)。矢印は無く評価値バナーと読み筋だけですが、依存が少なく動作が軽い。ShogiHome Lab が重ければこちらから。
セキュリティ: どちらも認証なしの個人利用前提です。原則は Tailscale(テールネット内)に閉じ、公開インターネットには晒さないこと。(家族など特定の相手に使ってもらいたい場合だけ、次の発展編を)

発展: テールネットの外の人と共有する(Tailscale Funnel)

自分のテールネットに入っていない人(家族・将棋仲間など)にも使ってもらいたい場合は、Tailscale の Funnel 機能で特定ポートだけを公開できます。Tailscale社のインターネット上の中継サーバが「公開の玄関」を代行し、指定ポートへのアクセスだけを暗号トンネルで転送する仕組みです。マシンの他のポートは非公開のまま。

# ShogiHome Lab (:8140) を公開ポート10000で外部公開
tailscale funnel --bg --https=10000 http://127.0.0.1:8140

# やめるとき(玄関ごと消える)
tailscale funnel --https=10000 off

公開URLは https://<マシン名>.<テールネット名>.ts.net:10000/。DNS登録もHTTPS証明書(Let's Encrypt)もTailscaleが自動でやってくれるので、相手はスマホのブラウザで開くだけです。

3つだけ注意:

  1. 認証はありません。URLを知っている人は誰でもエンジンを使えます。URL自体が鍵だと考えて、共有する相手は選ぶこと
  2. ShogiHome Lab はHostヘッダを検証します。公開URLのオリジンを環境変数 ALLOWED_ORIGINS(例: https://<マシン名>.<テールネット名>.ts.net:10000)に追加してサーバを再起動しないと、403「Invalid Host」になります(実際になりました)
  3. マシンがスリープすると止まります。使ってもらう時間帯は起こしておくこと

Part 5.(応用)自分の棋譜で定跡を育てる

配布のペタショック定跡とは別に、自分の対局から個人定跡を作るパイプラインも組めます。ポイントは「両対局者の手を頻度だけで登録すると、負け将棋の敗着まで定跡になってしまう」という罠を避けること。自分の手だけを、勝敗タグ付きで登録し、定跡を抜けた局面で評価値が互角以上を保つよう水匠で穴を検出・修繕する——という設計にしました。(詳細は別稿)

Windows でやる場合の近道

Windowsはビルド環境(コンパイラ)が無いと詰みますが、ビルドせずに済む抜け道があります。FANBOX の同じ News Letter 記事の中に、Windows用の公式配布バイナリ(storage.yaneu.com の7zアーカイブ)へのリンクがあり、これは認証不要の公開CDNです。展開すると水匠11アーキテクチャのフォルダにCPU種別ごとのexeが8種(AVX2 / AVX512 / AVX512VNNI / ZEN1/2 / SSE41/42 / AVXVNNI)入っています。自分のCPUに合うものを選ぶだけ。古めのCPU(AVX512非対応)なら AVX2版を選びます。

ライセンスと再配布について

本稿が配るのは「手順と設定」だけです。ソフトも評価関数も、正規の入手元から各自でどうぞ。